タイム・トラベル(s40-49) 最終更新日: 2011年05月01日 (共有枠の設定なし。リンクによる参照専用ページ)

 

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昭和40年/1965年……大学入学

●Susumuの思い出:
 入学するや、高校とちがって、周りは男ばっかり。これではいかんと、女子校との交流の多い放送委員会に入部(会)。放送ドラマの制作(?)に情熱を傾けました。
 不特定多数との交際(現代の世相とは異なり、節度は守っていました)。
 共立女子大、跡見女子大の放送部員を中心に交際。目白の東京カテドラル教会もデート・コースのひとつでした。
 富山県 新湊出身のSetsuko.I.さんが帰省の時、見送りに上野駅まで行きました……yoshie.jpg
 Yoshie.Na.さんは、目のクリクリしたかわいい娘でした。「人を愛するのが怖い。まだ、そうお思いですか?」と絵葉書にしたためてきました。「Susumuさんのさびしそうなひとみにぴったりのムード!!そう思いました」とも(写真)。
共立女子大のMariko.Wa.さんには泣かされました。手紙の返事が来ないので心配になり、千葉県 高根木戸の家まで訪ねて行きました。「返事がめんどうだった」の一言に、夢が消え去りました。(何故こんな女を心配したのか!)
Keiko.Ma.さんと知り合ったのも大学時代です。
でも、積極的に女性を追っかけたのではなく、相手がほっといてくれなかったのです(責任逃れ?)。
軟派だけではなく、8月には戸田海岸で行われた臨海合宿に参加し、6キロの遠泳で完泳するなどの、硬派なところも少しありました。
●テレビ
 オバケのQ太郎 −−あたまのてっぺんに毛が3本。犬が大嫌い。
ジャングル大帝−− 初のカラーアニメだったそうです。私の家はまだ白黒でした。
●流行歌  
 知りたくないの −−菅原洋一はハンバーグと言われていました
●その他
  3月、ソニーと米テクトロニクス社と折半出資による「ソニー・テクトロニクス」が設立された
 べ平連−− 「ベトナムに平和を!市民連合」の略称。 小田実、開高健、鶴見俊輔らでこの年に組織。 「戦争と平和を考える」というテーマで徹夜のティーチ・インを開いたり、ニューヨーク・タイムズ紙にベトナム戦争反対の一ぺージ広告を出すなど、積極的な平和運動を展開、1968年頃からベトナム帰休米兵に脱走を呼びかけたり、国外脱走を手伝ったり、反体制デモに積極的に参加した。 '73年に解散。
 007シリーズ−−映画、春休み『ゴールド・フィンガー』が公開。 斜陽映画界にあって必ず当たるのがこのシリーズ。この頃から映画に遠ざかって行きました。今になって、007のDVDを集めています。何ごとも、流行っている物には興味がありません。
 エレキ−−海の彼方ではビートルズの人気上昇とともに世界的なエレキブームが起こっていたが、日本でも1965年のベンチャーズ、アストロノーツなどの来日を機に、エレキギターが爆発的に売り出された。

●紅白歌合戦の主な出演者
(初)日野てる子/夏の日の思い出(You Tube) (初)バーブ佐竹/女心の唄
(3)伊東ゆかり/恋する瞳 (2)三田明/若い翼
(4)弘田三枝子/濃いのクンビア (初)ジャニーズ/マック・ザ・ナイフ
(4)吉永小百合/天満橋から (7)森繁久彌/ゴンドラの唄
(3)倍賞千恵子/
さよならはダンスのあとに(You Tube)
(7)和田弘とマヒナ・スターズ/
愛して愛して愛しちゃったのよ
(7)ザ・ピーナッツ/
ロックンロール・ミュージック
(4)中尾ミエ/夢見るシャンソン人形 (2)西郷輝彦/星娘

 

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昭和41年/1966年

●Susumuの思い出:
  カラヤンがベルリン・フィルを率いて来日し、各地でコンサートを開きました。私は、NHKのFM−Stereo放送をすべてSONYのTC-250デッキで、4Track 9.5cm/secのオープンリール・テープに録音しました。このコンサートを生で聞くために、徹夜で並び、やっとの思いで切符を入手しました。しかし、浪人をしていた友人に 懇願されたので断りきれずに売ってしまいました。
  この年発刊の、多湖輝の著書「頭の体操」が、大ブームを起こしました。私は同著「深層心理学」に興味を引かれ読破、実生活でも深層心理をたくみに応用しました。
 また、自転車で走り回るのが趣味で、遠くは奥多摩湖(往復150km)の方まで足を伸ばしていました。
今は無くなりましたが、神田駅のそばに「ピンクベア」というスーパーがあって、その2階のレコード売り場では2割引で新譜レコードを売ってました。学校帰りに、冷やかしに通いました。お店の女子店員と仲良くなったのもこの頃です。
●世の中全般
6月ビートルズ来日。当時、「Let it be」等の後期の作品は好きになれませんでしたが、今は大好き!
9月フランスの哲学者・サルトル/作家・ボーボワール、そろって来日。二人は 普通の結婚はせず、でも、ずっと行動を共にし、お墓も一緒。
●流行歌
「君といつまでも」 歌 加山雄三。「夢は夜ひらく(YouTube)」 歌 園まり。

 

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昭和42年/1967年

●Susumuの思い出:
 20歳!成人式は欠席!
大学生活をEnjoy!  Mariko.Wa./Yoshie.Na./Setsuko.I./Keiko.Ma.。
K.Maとは、3年以上もの期間付合ったのですが………結局、縁が無かったようです……微妙。たまに、当時は贅沢品のケーキ(オメレッテ)を一緒に食べるのが楽しみでした。
●流行歌
  「帰ってきたヨッパライ」 歌 フォーククルセダース(You Tube)。 「小指の思い出」 歌 伊東ゆかり。

 

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昭和43年/1968年

●Susumuの思い出:ポルシェのマッチ
 大学の卒業論文は、「音声帯域の圧縮」でした。今なら、さしずめ"MP3"とか"AAC"と言ったところでしょうか。でも、当時はコンピュータの性能が悪いため、実用にはなりませんでした。
卒論以外は、学校そばの純喫茶「ポルシェ」(神田錦町・島田ビル1F)に入り浸りでした。放送委員会の仲間とのおしゃべりに興じていました。
●世の中全般
ロミオとジュリエット−−オリビア・ハッセー、R・ホワイティング、音楽:ニーノ・ロータが大ヒット!。ハッセーがすごく可愛いので、サントラ盤レコードを買いました。当時は、家庭内で映画を観ることは出来ませんでした。TVも白黒でした。
●流行歌
  「恋の季節」 歌 ピンキーとキラーズ。 「受験生ブルース」 歌 高石友也。
 「天使の誘惑」 歌 黛ジュン。 「ブルーライトヨコハマ」 歌 石田あゆみ(You Tube)

 

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昭和44年/1969年……社会人に

●Susumuの思い出:
 大学3年の時に、授業にあまりでなかったため、必修科目の1つである実験のレポートを書かなかったので、卒業証明書が出ませんでした。卒業の意志もなく、留年のつもりでした。
 しかし、突然、社会人なって独立(親に世話をかけない)したくなり、急遽、レポートを作成、卒業証明書が出たのは、卒業間近の春でした。就職活動を開始、新聞広告で見た「T通商」の中途入社試験を受験し、合格しました。独立したかったのは、半分同棲関係にあったM.Kと の生活を……。
他にもう1社、面接申込みをしたのですが、面接当日が大雪になり、キャンセルしました。いま考えれば、雪が降ったのは、運が良かったのですネ。
写真は、上村一夫の劇画「同棲時代」のワンカット!劇画・同棲時代/上村一夫
また、この年はWOODSTOCKが8月に開かれました。SANTANA(You Tube),JANIS JOPLIN,THE WHO等が出演しました(You Tube)。
初給料を全部使って、でAKAI X-150Dテープデッキを買ってしまいました。親元から通っているので、生活費はほぼZeroの強みです。 それでも、運賃を節約するため、秋葉原から担いできました。あまりに重いので、最寄駅の隅に荷物を置いて、自転車を取りに行きました。でも、盗まれなくて良かった!
入社した「T通商」では、社内一の二枚目と言うことで、大いにもてましたが、翌年は2位に落ち、翌々年は3位に落ち、そのうち、順位も付かなくなりました。
●世の中全般
 アポロ11号月面着陸 −−アポロからの中継テレビ放送を、学校から急いで帰って、テレビを一生懸命見ていました。このとき持ち帰った月の石がその後大阪万博で日本にも来ました。
 東大安田講堂−−1968年、東大医学部の登録医制度反対の無期限ストが拡大し、6月には各学部自治会が無期限ストに突入しました。 前年末の時点で紛争大学は116校、うち65校の紛争が未解決のままこの年に持ちこされ、安田講堂は全国の学生運動のシンボルでした。1月18日、大学側の要請で、機動隊8500人を導入。学生側が立てこもる安田講堂にむけて、大量の放水と催涙ガス攻めが続けられ、激しい攻防戦の末、19日、午後5時封鎖は解除されました。ウッドストック・フェスティバル・ポスター
 フォークゲリラ−−フォークソングをうたうことで街を行く人々を集め、現代の問題を討議する集会を組織する活動。 東京ではヤング・べ平連の青年がギターを持って、この年2月から新宿西口地下広場(私のデート・コース)で始めたのが、警察の規制にあい、それが新聞に報道されてますます注目をあび、最盛時には一万人近くの人々が、この広場に毎土曜日の夜、集まった。 同年7月警察側は西口「広場」を「通路」と書きかえ、7月末には交通警官の腕章をつけた警察隊が、フォークゲリラが歌っていた場所を逆に“占拠”する小細工で、西口での集会は出来なくなりました。
●テレビ
 巨泉・前武、 コント55号、 ドリフターズ −−いずれも人気がありましたが、ドリフターズが一番お子様向き。
「全員集合」が何かのワースト番組に選ばれていましたが当時、まったく理解できませんでした。
●流行歌
 黒猫のタンゴ −−皆川おさむ君は今、どうしているのでしょうか。
 時には母のない子のように−−寺山修司作詞、カルメン・マキ歌。暗い曲です(You Tube)。
●その他
 東名高速開通 −−インターチェンジの解説の本とかありました

●紅白歌合戦の主な出演者
(初)いしだあゆみ/ブルーライト・ヨコハマ(YouTube) (2)千昌夫/君がすべてさ
(2)小川知子/初恋のひと(YouTube) (6)西郷輝彦/海はふりむかない
(初)カルメン・マキ/
 時には母のない子のように(You Tube)
(10)アイ・ジョージ/ク・ク・ル・ク・ク・パロマ
(初)奥村チヨ/恋泥棒(You Tube) (初)ザ・キング・トーンズ/グッド・ナイト・ベイビー
(5)水前寺清子/真実一路のマーチ (6)三田明/サロマ湖の空
(初)由紀さおり/夜明けのスキャット (7)デューク・エイセス/筑波山麓合唱団
(初)森山良子/禁じられた恋 (2)鶴岡雅義と東京ロマンチカ/君は心の妻だから
(6)弘田三枝子/人形の家 (10)橋幸夫/京都・神戸・銀座
(3)黛ジュン/雲にのりたい (初)佐川満男/今は幸せかい
(9)西田佐知子/アカシアの雨が止むとき (9)村田英雄/王将
(7)梓みちよ/こんにちは赤ちゃん (6)水原弘/君こそわが命
(2)ピンキーとキラーズ/星空のロマンス (初)内山田洋とクール・ファイブ/長崎は今日も雨だった
(11)ザ・ピーナッツ/ウナ・セラ・ディ・東京 (13)フランク永井/君恋し
(3)佐良直美/いいじゃないの幸せならば (7)舟木一夫/夕映えのふたり

 

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昭和45年/1970年

●Susumuの思い出:
 第1次ディスコブーム。六本木のディスコ「最後の20セント」にボトルをキープしていました。 会員章は、おしゃれなキーホルダー(写真)でした。
ここで出会った、Gulf石油に勤務の女性とは、何も起こりませんでした。
  女性:「彼女はいるの?」
  わたし:「うん」
  女性:「……」
……で、終わり。嘘をつけない私とその女性との会話でした。
でも、会社では「人畜無害」と言われながらも、結構、人生を楽しんでいました。
●世の中全般
 大阪万博 −−万博に何回行ったというのが、子供たちの自慢の種でした。学校を休んでいく親子もあり、それを先生もOKしていました。このおかげで新幹線は、親子連れで満員、アタッシュケースに座って出張しました。うちの会社からは、万博に行くための補助金がでました(レポートを書かされました)。
三ノ宮のM.O.に万博を案内してもらいました。お好み焼きを食べたり、夜の神戸を案内してもらいました。
 一坪運動−−1970年当時、政府が建設中の千葉県成田市の成田空港建設に対して、社会党などの革新系諸団体が行った反対運動の一戦術で、空港敷地内に社会党国会議員団が共同で一坪ずつ土地を持ち、用地買収に抵抗した。 一方、地元の空港建設反対派農民は、敷地内に団結小屋を築き、測量や整地などに対抗した。 
 ハイジャック−− 3月31日、赤軍派を名のる9人組に日航機よど号が乗っ取られ、朝鮮民主主義人民共和国行きを要求された。 山村運輸政務次官が乗客の身代わりになり、4月3日平壌に到着。 これが日本のハイジャック第1号で、以来空港でのボディ・チェックが厳重になった。
楯の会−− 11月25日午前11時頃、東京市ヶ谷の自衛隊に作家三島由紀夫と彼の主宰する楯の会の会員5人が訪れ、東部方面総監益田陸将を人質にし、バルコニーから憲法改正などについて約10分間演説、その後、総監室に戻って会員の一人森田必勝とともに割腹自殺を遂げた。 世界的にも有名な作家の起こした事件であり、内外に大きな反響をまき起こした。
●テレビ
 時間ですよ −−毎回、風呂屋の場面で女の人の裸が出てくる(ほんの一瞬)のが楽しみでした。森光子、マチャアキ、天知真理や浅田美代子もこの番組でデビューでしたね。
●流行歌
 手紙 −−由紀さおりさんも、今もずっと変わらずきれいですね。
 戦争を知らないこどもたち、花嫁−− これらって美しい歌ですね。
 圭子の夢は夜ひらく−−藤圭子(You Tube)。今は、娘(宇多田カオル)が頑張ってます。血筋ですね。
●当時の映像−−http://jp.youtube.com/watch?v=6Ou-kStAd3A <リンク先に映像が無い場合はご容赦ください>
 

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昭和46年/1971年

●世の中全般
 ドル・ショック−−8月15日、ニクソン米大統領は突如ドルの金兌換停止(交換しない)を発表、ドル・ショックが起こった。 ニクソン宣言の翌16日、東京外為市場にはドル売りが殺到、東京証券市場は東証ダウが前日より210円50銭下落し、史上最大の暴落となった。 世界中の外為市場がドル売りの嵐におそわれる中で、日本だけ1ドル=360円の固定相場は守り切れない。 8月28日から「円」は暫定的に変動相場制に移行した。
●テレビ
 仮面ライダー  −−「へーんしーん」というのが流行りました。
●流行歌
 私の城下町 −−この当時の小柳ルミ子さんは可愛かった。和風の似合う女の子。今とだいぶ違う。
 おふくろさん −−森進一の熱唱はすごかった。マイクは揺らすし、つばきはとぶし。
 水色の恋−−天地真理。この頃は、すごく可愛かったのに。
 十七歳−−南沙織。沖縄出身歌手の初めか!
●当時の映像−−http://jp.youtube.com/watch?v=n9bpKTQsels
●その他
 ボウリング大流行−− 会社や学校に行く前に(7時前くらいに)並んでやる人たちが大勢出るほどのブームでした。土曜日が半ドンなので、仕事が終わってから会社の仲間とPLAYしました。
 ある愛の詩−−映画、ライアン・オニール主演。フランシス・レイの主題歌もヒット。

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昭和47年/1972年……結婚

●Susumuの思い出:
 結納の品物を電車の網棚に忘れ、仲人の一言で気がつき事無きを得ました。いまだに、網棚に荷物を置くと必ず忘れます。
 結婚はアバコ・ブライダルホールで行いましたが、当時としては珍しく、教会で行いました。神の存在を信じない私は、牧師さん(人間)に誓いを立てました。T通商の薮田さんに仲人をお願いしました。 新婚旅行は、<新幹線>神戸→<フェリー>大分→<JR>湯布院→長崎→<ブルートレイン・あさかぜ>東京でした。
結婚しても、モテ期は終わるどころか、さらに持てました。
その年の9月には、もう海外出張(サンディエゴ)でした。 自分のご褒美にParker Sterling Silverの万年筆とボールペン(写真)を買ってきました。
●世の中全般
 沖縄返還−− 5月15日、沖縄の施政権が日本に返還され沖縄県が発足した。
 あさま山荘事件−− 2月19日、全国指名手配中の連合赤軍5名が河合楽器の保養所「あさま山荘」(長野県軽井沢町)に逃げ込んで、管理人の夫人を人質として篭城した。 28日、警備陣1500人は人質救出の強硬手段をとり、クレーン車、催涙ガス、放水作戦で人質を救出、犯人を逮捕した。
 札幌冬季−− オリンピック 大ジャンプの笠谷が頑張りました。テーマ曲の「虹と雪のバラード」が良かった。東京五輪音頭とは大違い。
●テレビ
 木枯らし紋次郎 −−「あっしにはかかわりのないことでござんす。」ぴゅー。Parker Sterling Silverの万年筆とボールペン
●流行歌
 喝采  −−この曲を聞くと、コロッケの物まねを思い出します。オリジナル曲はあまり聴いていません。
 結婚しようよ、 旅の宿、−− ご存知、吉田拓郎。大ブームになりましが、当時はあまり興味ありませんでした。 最近になって、良さがわかってきました。
●当時の映像−−http://jp.youtube.com/watch?v=AGx7FOHXykE
●その他
 同棲時代−− 上村一夫の劇画「同棲時代」(『週刊漫画アクション』連載)が大ヒット。一種の倦怠感、虚脱感とそのなかでもがく若者の姿が共感を呼んだ。由美かおるの主演で映画化、大信田礼子の歌「同棲時代」もはやった。

●紅白歌合戦の主な出演者

(初)天地真理/ひとりじゃないの (5)森進一/放浪船
(3)和田アキ子/孤独 (3)フォー・リーブス/夏のふれあい
(初)朱里エイコ/北国行きで (2)堺正章/運がよければいいことあるさ
(2)渚ゆう子/風の日のバラード (3)にしきのあきら/嵐の夜
(3)奥村チヨ/終着駅(You Tube) (5)鶴岡雅義と東京ロマンチカ/くちづけ
(4)由紀さおり/故郷 (初)石橋正次/夜明けの停車場
(6)佐良直美/オー・シャンゼリーゼ (12)村田英雄/ここで一番
(2)山本リンダ/どうにもとまらない (2)尾崎紀世彦/
ゴッド・ファーザー〜愛のテーマ
(4)いしだあゆみ/
生まれかわれるものならば
(初)青い三角定規/太陽がくれた季節
(2)南沙織/純潔 (初)野口五郎/めぐり逢う青春
(14)ザ・ピーナッツ/さよならは突然に (初)ビリー・バンバン/さよならをするために
(2)本田路津子/耳をすましてごらん (9)西郷輝彦/愛したいなら今
(3)森山良子/美しい星 (6)菅原洋一/知りたくないの
(3)藤圭子/京都から博多まで (5)美川憲一/銀座・おんな・雨
(初)欧陽菲菲/恋の追跡 (初)上条恒彦/出発の歌
(2)小柳ルミ子/瀬戸の花嫁 (15)三波春夫/あゝ松の廊下
(初)平田隆夫とセルスターズ/
ハチのムサシは死んだのさ
(9)水原弘/お嫁に行くんだね
(3)ちあきなおみ/喝采 (初)沢田研二/許されない愛

 

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昭和48年/1973年……長男誕生

●Susumuの思い出:
 茅ヶ崎に転居したのもこの頃。 長男Jの誕生。
●世の中全般
 第一次オイルショック −−10月、第4次中東戦争の勃発で、OAPEC(アラブ石油輸出国機構)が石油減産とアラブ敵対国への供給制限を決定。 日本の石油事情は一変した。 企業への石油電力供給制限措置がとられ、省エネが叫ばれるご時世になった。 街のネオンは消え、テレビも放映時間を短縮。いろいろなものが不足しました。学校のトイレットペーパーをみんなが持って帰りました。ノートが急に2倍以上に値上がりしました。
●映画  
 同棲時代 −−宣伝ポスターの由美かおるのヌードが良かったです。主題歌は大信田礼子。
●流行歌
 神田川 −−南こうせつとかぐや姫。酔いどれかぐや姫という歌もありましたが。
●当時の映像−−http://jp.youtube.com/watch?v=DO0svNoe42Y
●その他
 日本沈没、 ノストラダムスの大予言、 −−両方とも映画になりました。

●紅白歌合戦の主な出演者
(3)小柳ルミ子/漁火恋唄 (7)布施明/甘い十字架
(5)いしだあゆみ/ブルーライト・ヨコハマ (10)西郷輝彦/星のフラメンコ
(初)森昌子/せんせい (2)野口五郎/君が美しすぎて
(3)南沙織/色づく街 (3)堺正章/街の灯り
(2)朱里エイコ/ジェット最終便 (6)美川憲一/さそり座の女
(4)和田アキ子/笑って許して (14)橋幸夫/潮来笠
(3)金井克子/他人の関係 (4)フォー・リーブス/
若い二人に何かが起る
(初)八代亜紀/なみだ恋 (7)菅原洋一/今日でお別れ
(初)チェリッシュ/てんとう虫のサンバ (初)ガロ/学生街の喫茶店
(初)麻丘めぐみ/私の彼は左きき (初)三善英史/円山・花街・母の街
(3)山本リンダ/狙いうち (初)ぴんから兄弟/女のみち
(15)ザ・ピーナッツ/ウナセラ・ディ東京 (2)上条恒彦/シャンテ
(初)アグネス・チャン/ひなげしの花 (初)郷ひろみ/男の子女の子
(2)天地真理/恋する夏の日 (4)にしきのあきら/はじめは片想い
(5)由紀さおり/恋文 (6)鶴岡雅義と東京ロマンチカ/君は心の妻だから
(2)欧陽菲菲/恋の十字路 (2)沢田研二/危険なふたり
(7)佐良直美/世界は二人のために (17)フランク永井/有楽町で逢いましょう
(7)青江三奈/長崎ブルース (6)森進一/冬の旅

 

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昭和49年/1974年

●Susumuの思い出:建設中の新宿住友ビル
  この年の3月に新宿副都心に新宿住友ビル(53階)が竣工しました。前年、このビルに、M電機が威信をかけて作った、超高速エレベーター(540m/分)の振動試験のためにM電機の設計者とともに、建設中のビルのエレベータに乗って屋上まで行きました。 測定ミスが出ないように、振動試験のエキスパートとして呼ばれました。
工事中の超高速エレベータには、まだ壁が付いていませんでした。超高速で壁が動くので、とても怖い思いでした。当然、試験は無事終了。試験結果も合格でした(写真)。
●テレビ
 ユリゲラー  −−確か、テレビの前に壊れた時計を持って待機しました。何も起こりませんでしたが。
 パンチdeデート −−三枝ときよし司会の軽いお見合い番組。
 刑事コロンボ −−テレビドラマの質を上げた番組です。この後、日本のテレビ局で作った2時間ドラマが流行るようになりました。いずれも推理小説の焼き直しですが。 わたしはコロンボのネチネチした捜査が大嫌いで、いつも、犯人の方を応援していました。
●流行歌
 ひと夏の経験−− 山口百恵にどきどきしました。新鮮な魅力でした。ちょっと陰がありましたしね。
 襟裳岬 −−森進一+吉田拓郎。新しい演歌への挑戦と言われていました。
 二人でお酒を−−梓みちよ。
 ひと夏の経験−−山口百恵歌。
 あなた−− 小坂明子作詞・作曲・歌。
●当時の映像−−http://jp.youtube.com/watch?v=VhOvumPhO64
 

 

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