**** 島崎藤村 **** −「若菜集」より−      初恋                              まだあげ初(そ)めし前髪(まへがみ)の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛(はなぐし)の 花ある君と思ひけり やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは 薄紅(うすくれなゐ)の秋の実(み)に 人こひ初(そ)めしはじめなり わがこゝろなきためいきの その髪の毛にかゝるとき たのしき恋の盃(さかづき)を 君が情(なさけ)に酌みしかな 林檎畠の樹(こ)の下(した)に おのづからなる細道(ほそみち)は 誰(た)が踏みそめしかたみぞと 問ひたまうこそこひしけれ